雇い入れ時の労働条件の明示について

人を雇い入れることになった場合、経営者の立場では、労働者に支払う給与額や社会保険料の負担額の他、いかに労働者に能力を発揮してもらうか、どの仕事を担当してもらうかに思いが集中します。細かい条件や待遇などは入社後にその都度説明すれば良い、労働者も理解してくれる(察してくれる)はずだと考えてしまいますが、これが労働者の立場ではまったく異なってきます。労働者にとって、給与額だけでなく、働く環境や残業の有無、退職金の有無、昇給の有無といった細かい条件もまた、勤務先の選択には非常に重要な要素となってきます。この部分を曖昧にしてしまうことで、いざ働き始めたら当初思っていた条件と違っていた、こんな条件では長期で勤められないといった、雇用のミスマッチが発生してしまいます。労働者側からはなかなか聞きづらい状況のため、会社側から労働条件を積極的に誠実に明示し、十分納得の上で入社してもらうことが、結果として労働者がその能力を十分に発揮し、長期に会社に貢献してくれることに繋がっていきます。

労働条件の明示義務(労働基準法第十五条)

労働者保護の観点から、労働基準法では、労働契約の締結時に労働者に対して下記の労働条件の明示を義務付けています。また明示された労働条件が事実と相違する場合は、労働者は、即時に労働契約を解除することができるとされています。労働条件を明示しなかった場合、三十万円以下の罰金の対象となります。

【必ず書面(※)で明示しなければならない事項】
(1) 労働契約の期間
(2) 就業の場所・従事する業務の内容
(3) 始業・終業時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、
  交替制勤務をさせる場合は就業時転換(交替期日あるいは交替順序等)に関する事項
(4) 賃金の決定・計算・支払方法、賃金の締切り・支払の時期に関する事項
(5) 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
※労働者が希望した場合でかつ、出力して書面を作成できる場合はFAX・メール・SNS等の電子媒体での明示も可

【制度を設ける場合は明示しなければならない事項(口頭の明示でも可)】
(6)  昇給に関する事項
(7)  退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、
   計算・支払の方法、支払時期に関する事項
(8)  臨時に支払われる賃金、賞与などに関する事項
(9)  労働者に負担させる食費、作業用品その他に関する事項
(10) 安全・衛生に関する事項
(11) 職業訓練に関する事項
(12) 災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項
(13) 表彰、制裁に関する事項
(14) 休職に関する事項

労働条件通知書と雇用契約書

上記の労働条件を明示する書面に、労働条件通知書と雇用契約書があります。条件が網羅されていればどちらの様式を利用しても良いですが、労働条件通知書は会社から労働者への一方的な通知であるのに対し、雇用契約書は双方の署名(記名)、捺印をすることでお互いの同意をより明確に証拠として残すことができます。雇用契約書を利用する場合は、兼用の「労働条件通知書兼雇用契約書」の利用をお勧めします。

参考様式:労働条件通知書兼雇用契書雛形
※上記参考様式は、一般労働者用の雛形となります。会社の状況に応じて、加筆訂正してご利用下さい。

おわりに

人材不足が深刻化している中で、大企業のような報酬、待遇、福利厚生を提示できない中小企業にとって、労働条件の詳細を採用時に明示することは、人の確保が急務の状況であればあるほど、躊躇ってしまうと思います。ただ、採用時に詳細を明示しなかったことで雇用のミスマッチが生じ、社員教育に時間をかけたのに短期で辞めてしまった、労働基準監督署に駆け込まれてしまった、民事訴訟を起こされてしまったという状況になった場合、会社の損害はとても大きなものとなります。労働条件をしっかりと明示した上で、労働者にとっての自社で働くことの魅力(社員教育の充実、有給の消化率、子育て重視の休みの取りやすさ、時間外労働の少なさなど)をアピールすることで、会社と労働者の双方にとって有益な雇用関係を築くことができると私は考えています。